子連れ孫連れ勤務のスタッフがおります。その3歳の女の子は、みんなのアイドルでその子がいるだけで、その場が和みます。小さい子の不思議なパワーですね。
最近はスタッフの真似をして利用者さんが施設に到着すると玄関にお迎えに出て、小さな手で上履きをキチンと揃え、スタッフと一緒に車いすを押したりします。
1年前よりも大分成長しましたね。お気に入りのおじちゃんおばあちゃんの所へは頻繁に遊びに行きますが、そうでない利用者さんにはキチンと距離を置くことも学びましたね。
泣いたり笑ったり、そのすべてが愛らしかった。私も随分、忘れかけていた癒しをいただきました。ありがとうね。
もう直ぐここを卒業していなくなっちゃうけど、ここにいて、あなたのママの懸命に働く後ろ姿を、ずっと見ていたこと、大人になっても忘れないでいてね。
2024年のアーカイブ
誤診 医者余り?
まだ朝晩は冷えますが、春の日差しがまぶしい季節になりましたね。春の訪れと共に悩ましいのは花粉症です。国民病と言われるほど多くの方が、この時期になると大変辛い思いをしますね。私もその一人だったのですが、実は誤診があって20年も鼻炎に悩まされ続けてきました。今は、適切な治療薬で軽い症状で納まっていますが、誤診の20年間、鼻詰まりのない日は数えるほどしかありませんでした。
実は花粉症ではなくて、蓄膿症が本症なのに、花粉症の治療薬を長年、処方され続けていて症状は改善するどころか悪化の一途でした。医師の誤診に私は過去にもあり、危うく失明するところでした。
高校生の頃です、目がかすむので近くの眼科に診てもらったのですが、単なる「流行り目」という診断でなにかの目薬を処方されただけでした。ところが、増々症状は悪化し、視界にもやがかかったようになってきて、母親がこれはおかしいと心配したのでしょう、都内の眼科の権威と言われた都立病院へ真冬の雪降る中、僕を連れ出しました。そこでの診断は「緑内障」、このまま放っておくと失明しますよ、と。賢明な母とその名医のお陰で失明は逃れ現在に至っております。
数年後には医師余りが指摘されております。優秀な受験生は医師を選択しなくなるかも知れません。供給過剰は熾烈な競争を生むのが経済原則、医師の質を担保するものは何になるのでしょうか。ただ、どんな時代になっても真実を見極める責任は私たち自身なのですよね。そのためにはどうするか?
初短歌😃💦 by AI.
庁舎整備 市民の声聞かず 無駄遣い
新庁舎は 必要なのかと 問いたい
市役所は 市民のために あるのか
税金で 自分たちの 楽しみか
関戸より※
※実はこれ、生成AIが作成したものです。
結構、辛辣な歌になってますが、僕よりはるかに頭脳明晰なAIはこう思っているのかなぁ~
介護の向こう側
団塊の世代が来年には後期高齢者になりますね。人生100年時代と言われて久しいですが、少子高齢化で支える側は少なく今後どうなることでしょうか?
外国人材が入ってくるのは時間の問題でしょうが、果たして「安いニッポン」を外国人は選択するかなぁ。
高齢化は世界でも日本が最悪で、日本はそれにどのように対応していくのか注目されておりますよね。人材が逼迫している中、どう手当てするのか。
多分、僕の想像ですが、あらゆる産業で今後増々デジタル化が進み、すると余剰人員が出るかもです。ただ、その余剰人員を使ってガラクタを作るような商売が出るかもとは思いたくはありませんが。ガラクタ産業に人材を吸収されなければ、医療や介護の世界に人材が流入ってことも期待できそうかな? そもそも、高齢に対する人の意識が変容してこなければそれも望めませんね。所詮、他人事ですから、残念ながら人間って危機が差し迫って来ないとなかなか意識の変容は望めないようです。それも、喉元過ぎれば熱さを忘れるの如しですからね。
人間の諸行というか。ただもうね気付いてよっていい加減、目覚めろ!って叫びたいですホント。
人として大切なものは何???
天災は忘れたころに
正月早々から大変な災害がありました。
被災されて亡くなられた方、避難を余儀なくされている方々には心よりお見舞い申し上げます。
災害列島ニッポン、いつどこで災害が起きてもおかしくない国に私たちは住んでいます。「まさか」という想定外はありません。災害はいつでもどこでも起こり得るという覚悟を決めて日々を過ごすことが、少しでもダメージを緩和する生き方につながるように思いますがね、どうでしょうか、仙人みたいかなぁ? 仙人みたいでもいいですけど。
ただ、「天災は忘れたころにやってくる」とあるように、普段はそんな嫌なこと頭にないですよね。「人はいつか必ず死ぬ」そんなことわかってるのと同じですね。でも、若くて(若くなくても)健康な時は誰もそんなこと考えません。
核家族化が極端に進み人が年を取ることも、そして死んで行く様子さえも目にしなくなった今の子供たちは老人を汚い者、人の死なんて自分には関係ないし見たこともない、そんなもの別世界のこと……悲しい現実です。
大きな災害の度に繰り返し思い起こされる「死生観」……そしてまた忘却の彼方へ。
新年あけましておめでとうございます。
今年の干支は「辰」ですね。十二支の中で唯一想像上の動物です。辰と言うと上にぐんぐん上昇するイメージがありますが、高度成長時代ではない現代に生きる私たちには、少しピンとこないかも知れませんよね。
ただ、個人として、人として成長するという意味ではあり得ますね。その意味ではいくらでも成長するチャンスは今の世の中には意外と用意されていると思いますよ。
私たちが今どっぷり浸かっている情報化時代、既に空気のような存在なので意識しなければ気付かない程に私たちの生活に溶け込んでいますね。ただ、この情報の洪水の中でご自分の心の中に響くものがどれだけあるでしょうか。多分、あなたが求めている情報だけしか入って来ないと思います。
ご自分が一体、何を求めているのか、自分の心にどんなチャンネルを持っているのかで情報の価値は全く違ったものになると思います。
今年の初めにどんなチャンネルを持ち辰のように天高く昇っていくのか、「一年の計は元旦にあり」そんな機会にしていただければと年初めに思いました。
今年も、バカバカしくどうでもよいことをつらつらと投稿して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。